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サブカルチャーの黎明期に活躍した老兵が業界に噛み付く理由

雑記

■見抜いている人々に対する釈明と赦免の請願、羞恥のごまかし
資本主義の原理は差異から利潤を生み出す事です。Aという物はaという町ではありふれた物でも、bという町では貴重品かもしれません。そうならAをaからbに持っていくだけで大きな利益を手にする事が出来ます。ここに独創性は無く、特定の何かを地点aから地点bへ移しているだけ。黎明期に活躍した人物は、往々にしてこの手法でヒットを出したケースなのです。

サブカルチャーは出現して間もないものが多く、やっている事のレベルが低い。低レベルの文化には低レベルの人間が集まる。当初はそういった人達が低いレベルで楽しんでいる。そこに愛好家達よりは教養を持つ人(老兵)が参加する。

大抵は自分が目指した世界(映画、小説、ドラマ等)で夢破れて、喰っていくために流れ流れてその業界へ来たというパターンが多い。彼らは元々、ずっと昔からあった文化を嗜んできたので、高レベルの作品を知っている。そして、それら本来好きであった世界の作品群から高評価を受けている作品を選び、その模倣をサブカルチャーで行うのです。

サブカルチャーの住人は文化的な田舎者であり、そういったものが他分野でとうの昔に存在し、劣化コピーである事にその知識レベルから気付きません。結果、その劣化コピー作品はそのサブカルチャー界で古典となり、老兵は天才、偉人扱いされ崇められる事になります。

しかし、老兵は元々好きだった業界のよく知られたテクニックを、全然知られていないこの未発達な業界に持って来ただけです。要はトラック運転手みたいなものです。そして、自分の作品が今いる業界で高評価を受ける事で、その分野に見向きもしなかった層、自分がかつて憧れ、挑戦し、弾き出された世界の愛好家や業界人も自分の作品を見るようになります。

彼らの文化レベルは高いため、すぐに老兵の行ったカラクリを見抜いてしまうでしょう。そして、彼が未開の世界で神様扱いされているのを見て失笑するに違いありません。

その時に老兵が感じるのは羞恥です。サブカルチャーのファン達は何も知らず、自分を天才と呼びあまつさえ自分の作品が自分が憧れていた世界の作品よりも優れている、などと言ったりするでしょう。そういった事がさらに老兵の羞恥心を刺激します。

そして、彼は自分を育て評価してくれた業界自体を扱き下ろし始めます。それは見抜いている人々に対する釈明なのです。「自分は都会の常識的な何かを辺鄙な村でひけらかし、神様扱いされているペテン師です。自分のコピー作品がかつて自分が目指した世界の作品群に勝っているなど夢にも思っていません。その証拠にこの業界の事を叩き、扱き下ろしている。どうかこれで許して下さい」、そう赦しを請うているのです。

■馬鹿にしていた世界での評価に屈辱を感じる
老兵はこの業界に来たくて来た人間ではありませんし、そもそも馬鹿にさえしていたでしょう。しかし、夢破れて喰っていくためにはここで働くしかなかった。そして、運が良いのか悪いのかこの業界で評価されてしまった。

彼はこのサブカルチャーを馬鹿にしている、その馬鹿にしていた層から評価された、これは即ち自分も馬鹿だと、嫌っていた人間達と同レベルだったと宣告されたようなものです。

だからこそ噛み付くのです。そうでもしなければ、そうやってストレスを吐き出さなければピエロは続けられない。喰っていくためにはこれからもこの業界で天才を演じ続けなければならない。賢い人々からは内心で笑われ、嫌っている低レベルなファンからの賞賛を浴び続けながら。その絶望と屈辱に対する反発として噛み付かざるを得ないのです。

■自分が評価される事が自分が愛好する世界への侮辱に感じられる
彼らは愛好する業界から知識や手法を拝借、流用しただけであり、当然、自分ではその事は分かっています。しかし、自分やこの業界の評価が自分の作品をきっかけに妙に高まっていくのを感じ、本来、この評価はあちらの業界のものなのにと、一ファンとしての憤りから噛み付くのです。