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能力の無い人は共同体に依存する

雑記

世の中には自分が所属する共同体の価値が、そのまま自分の価値に反映されると考えている人達がいます。

例えばオリンピックで日本人選手が金メダルを取ったとしましょう。すると我々日本人の誇りだと言い出す人が現れます、これは奇妙な話ではないでしょうか。なぜなら凄いのは金メダルを取った選手だけであり、他の日本人には何の関係も無いからです。選手は不断の努力と修練により世界の頂点を極めました、それは賞賛されて然るべきでしょう。しかし一般的日本人は同じ日本人というだけであり、何か努力をしたわけでもなく、結果を出したわけでもありませんから何も凄い事はありません。

こういった事は様々な所で見る事が出来ます。例えば田舎者を馬鹿にする都会人。都会は田舎と比べて文明的で進歩的だから、そこに住む自分も文明的且つ進歩的なのだというわけです。勿論、文明的、進歩的なのは彼ではなく都市であり、そこに住む個人が文明的、進歩的かは別の話です。その都市を創り育ててきた人間達は賞賛されるかも知れませんが、そういう人々は大抵全体の一部です。

こういう「同じ共同体の所属者が上げた成果は自分のものでもある」という考えは理解しがたいものです。ある偉大な数学者、芸術家と同じ家に住むと、何もしていないのに同じ偉大な数学者、芸術家になれるのだと聞こえるのです。実に摩訶不思議な話ではないでしょうか。

ではなぜ彼らはその様な行動を取るのでしょうか。それは彼らが向上心や自尊心が高く、それでいて怠け者だからです。彼らには自分で努力をして何かを得ようとか、他人から認められようとかそういう発想がありません。しかし自尊心や名誉欲は強いため周囲から賞賛、賛美される事は渇望しています。そんな彼らの行き着く所が、”共同体と自分の同化”なのではないでしょうか。