中学2年生の記事とそれを褒める変な大人達

はてなブックマークの方で、中学2年生の現役アイドル藤波心さんの書いた記事が話題になっていました。
以下がそのブログ
批難覚悟で・・・・|藤波心オフィシャルブログ『ここっぴーの★へそっぴー』Powered by Ameba
ならばと私も読んでみる事にしました、そして率直な感想としておかしな内容だという事です。おかしいと思った部分をピックアップしていこうと思います。

汚染された野菜を食べ続けても安心です・・・。

汚染された水を飲み続けても安心です・・・。



個別の数値は低くても、

ただちに健康を害することはない? 量だったとしても、


微量とはいえ空気中の放射性物質を吸い続け、

微量とはいえ、汚染された野菜を食べ続け、
微量とはいえ、汚染された水を採り続ければ・・・

微量+微量+微量 

イコール→ 



しかも、そういう生活が1週間続くのか、

1カ月なのか、

1年なのか・・・・

3年なのか・・・


計算私あまり得意じゃないけど・・・・( ̄_ ̄ i)

影響があることくらい、

バカな厨房2年の私でも分かるのに!!

最初に彼女は人体に影響の無い微量の放射能であったとしても、それが蓄積されていけばいつかは人体に悪影響が出るはずだと主張しています。確かにその通りでしょう、ですが摂取する量に際限がなければ何でも最終的には悪影響を及ぼすのではないでしょうか。我々日本人が日常生活を送る際に、どうしても避けて通れない何かというのはあるでしょう。それは部屋に漂う小さな埃や塵であったり、道を歩く時に吸引する排気ガスであったり、毎日食べる食品に含まれる食品添加物や着色料かも知れません。これらも際限の無い量を摂取し続ければ悪影響が現れ、物によっては死に至るでしょう。そのためいくらそれだけでは微量で人体に影響が無いとしても、沢山摂取し続ければ影響が出るのだからそれは危険物なのである、という彼女の主張は、放射能だけを特別に不安視しているヒステリックな反応だと感じます。量に際限を設けないのなら、それは放射能の限りではないからです。

どれ位放射能が出続けるのかという点では、彼女は数ヶ月から数年単位を想定している様ですが、これらの期間は何を根拠に出しているのでしょうか。何となく数年単位になり、長期間多くの人が放射能に犯されて酷い事になっていく、そんな風に書いてますけどなぜそう思うんですかね、恐らく彼女は胸の奥から来る不安感から何となくそう書いただけではないでしょうか。それはそれで無責任ではないかと感じますがね。

最後に彼女は上記の理由から「影響(恐らく悪影響という意味)があるのは自分でも分かる」と断定していますが、その根拠は上に書いた通りかなり薄弱で、とても「影響がある」と断言する事は出来ないでしょう。

ラドン温泉などもあるように、少量の放射線なら体に良い?(笑)

とか、

「想定外」の

1000年に一度の大津波に、これだけ原発は耐えたのだから、

やはり日本の原発はすばらしい・・・???


とか、意味不明の原発絶賛???

訳の分からないコメントを言う専門家とかww



想定外だった、想定外だったって

みんな口をそろえて言うけど、

原発は、事故った時 甚大な被害がでるから、

「想定外」はあってはならないと思うんですケド…

私言ってること間違ってますかね・・・。

次に彼女は原発に対する擁護の意見に批判を加えています。
ラドン温泉の部分は恐らく”ホルミシス効果”を言っているのでしょう。以下Wikipediaの記事です。

ホルミシス効果ホルミシスこうか)は、1978年当時ミズーリ大学のトーマス・D・ラッキー生化学教授の著書によってもたらされた概念であり、生物に対して通常有害な作用を示すものが、微量であれば逆に良い作用を示す生理的刺激作用をいう。ホルミシス効果ホメオパシーと同一視され、[要出典] 実際にホメオパシーのレメディとして放射能を持つと称される物質が利用される。[要出典]

1980年代に入ると、低線量の放射線照射が生物の成長・発育の促進、繁殖力の増進及び寿命の延長などの効果をもたらすこともあるという研究(放射線ホルミシス研究)の中で話題になり注目された。[要出典]

理論的には有害作用に対する生物の適応現象と考えられるが、必ずしも再現性が得られず[要出典]、まだ確立されたものとはいえない[要出典]。放射線以外にも一部の有害物質の場合はホメオパシーと呼ばれる(記事 ホメオパシーに詳しい)。

ホルミシス(hormesis)という言葉は、ホルモンと同じ語源であるギリシャ語の(horme)に由来する(英語でいうto excite「刺激する」である)。

Wikipedia含めネットを調べてみた限りおおよそ上記の理解で良いようです。はっきりと科学的根拠が示されているものではない眉唾ものの様で、最近乳児が死亡したホメオパシーと同一扱いですから信憑性は薄いでしょう。これは彼女の弁は正しいのではないかと感じます。

次の専門家が1000年に一度の大地震でも被害は出たが、それの規模は小さいものでありそちらの方にも注目するべきだ、という安全性という観点からの擁護を批判しています。しかしどうして専門家の意見が間違っているのか彼女はここでも根拠を述べておらず、ただ意味不明と言っているのみですから、批判にはなっていないのではないでしょうか。
訳の分からないコメントをする専門家...というくだりは、専門家は意味の無い専門用語の羅列で煙に巻いているという意味でしょうか、それとも一般人でも分かる様に説明しない専門家はその義務を果たしていない、という意味の批判でしょうか。はっきり書かれていないのでやはりよく分かりませんが、どちらにせよ発言内容が正しいのか間違っているのか具体的な根拠を提示して否定している分けではありません。これといってよく分からないけど専門家の皆さんが言う事は何となく間違っている気がするし、きっと重大な事実を隠しているという直感が働くので皆さんを信用出来ません、こういう事でしょうか。これは批判というよりは言いがかりだと思います。

このくだりの最後に彼女は、想定外だったといっても原発は万が一大事故が発生した場合の被害は甚大なのだから、想定外は言い訳にならないと主張しています。
しかしこれは精神論でしかありません。世の中の物には全てに潜在的な危険性があり、それをゼロにする事は不可能だからです。国民の安全を守るためにはゼロでなければならない、想定外の事態はあってはならないんだと彼女は言うかも知れません。しかし太陽は西から昇るべきだと言ったところで明日も太陽は東の空から昇るでしょう、そうあるべきだという事と実現可能な事は別の事だからです。98%の安全性から99%に引き上げるのは50%から60%に引き上げるのとは分けが違い、とても大きなコストを払わねばならないでしょう。そこまでしてそんな確率にする必要があるのでしょうか。雨に濡れないためには傘があれば十分であり、日本全国にチューブの道路を造ればその方が濡れないかも知れませんが、莫大な工事費、その後の修繕費がのしかかってきます。1000年に一度の災害に備える事は本当に必要な事なのでしょうか。その1000年に一度の大災害が実際に起きてみても現状被害は大した事がありません。全てはトレードオフであり過剰なコンプライアンスを求める事が幸福を最大化させるとは思えません。絶対に危険性をゼロにしろという人達は、隕石に当たっても壊れない施設にしろとか、宇宙人襲来にも耐えられるようにしろとでも思っているのでしょうか。
原発を活用する限り彼女の主張は非現実的な理想論でしかなく、この意見に正当性があるとは感じられません。もし想定外の事態を完全に起こさないとしたら原発を廃止するしかないでしょう。事実この後彼女はそういった内容を書いています。

しかも、最近は、原発の危険性を言う人は、

危険をあおっていると、世の中は叩く傾向にあるようで、

これは何かおかしい流れだと思うのは私だけでしょうか??


風評被害を辞書で調べてみました。

風評被害(ふうひょうひがい)とは、
災害、事故及び不適切又は虚偽の報道などの結果、
生産物の品質やサービスの低下を懸念して消費が減退し、
本来は直接関係のないほかの業者・従事者までが損害を受けること・・・。

実際は大したことないのに、
大げさに報道する・・・

風評被害を生む報道



実際は大変深刻なのに、
大丈夫なように軽く報道する・・・


→ これは何て言うんですか???




私は冷静ですよ・・・。

危険をあおっているわけでもありません。



テレビはこんだけ安全・大丈夫って言い続けているので

そのうち、

放射能を跳ね返す!! スーパー健康法」

とか

放射能にも負けない!! 体質改善・げんき体力づくり」

特集とかやりだすんじゃないでスカ???・・・( ̄ー ̄;


そんなの、いくら頑張っても

跳ね返したり、勝ったり出来ませんから。

なんてったって、相手は放射能ですからね。




今の現状、私が思うのは・・・

テレビが言う、安全・大丈夫ではなく、

やっぱり「危険」なのだとおもいます。



どーんと爆発したり、急に明日何万人何十万人が

死ぬということはないかもしれないけど、

5年、10年の歳月を経て、じわじわ私たちを蝕むとおもいます。

このくだりでは自分の様な主張をする人間が、無責任に不安を煽り風評被害を発生助長する悪人とされる事への批判を行っています。その弁明として彼女は今回の原発事故はマスコミが言っている様な大した事ではないというのは嘘で、むしろマスコミの方が危険な現状を隠し小さく伝えており、そしてその根拠としてせいぜい彼女が挙げているのは、

今の現状、私が思うのは・・・

テレビが言う、安全・大丈夫ではなく、

やっぱり「危険」なのだとおもいます。

この箇所位ですが、これが弁明なっているでしょうか、はっきり言ってしまえば「自分が何となくそんな気がするから」、それが彼女の危険だとする根拠の様です。
私が思うに、根拠は全然無いけれど自分にはそうだと直感的に思えるし、もしそうなら他人にも教えてあげた方が良いに決まっている、そして真偽不確かな情報を親切心からあちこちにふれ回り、結果騒動を起こして周囲に多大な迷惑を掛ける、この手の人種が風評被害を生むのではないかと、災害時でデマを流布し問題を起こすのは、こういう根拠も無いのに妙な自信だけはある人物ではないかと思います。そしてこれは綺麗に思い込みの激しい彼女に当てはまっています。彼女は自分は冷静だと言っていますが、文面を見る限りとても冷静だとは思えません、自分の心の中に生まれた得体の知れない恐怖心に隷属している様に見えます。

原発のリスクとリターンを考えたら、

あきらかに、リスクが高すぎる。


原発のデメリットに比べたら火力や水力のデメリットなんて可愛いもんだと思う。


でも、日本ではいまだに、原発見直しの声はそれほど上がってこない。

むしろ、よく聞かれるのは「原発はやっぱり必要」という声。

おとなしい国民性なんでしょうか・・・。

それとも・・・・。


前回の記事で、私が原発について否定的なことを書いたら、

コメント・メールだけでなく、

事務所にまで抗議・意見のメールがきました・・・・。

どんだけ、原発をかばうんだよぉ。
どんだけ、日本て、平和なんだよぉ。

どんだけ、日本て、良い人(人が良い)が多いんだよぉ・・・。


まだ自分自身が被害に遭ってなくて、

直接危険が迫ってないから
そんなことが言えるのかな??




私なんて、ズルイ性格だから、

こんな現状を見ると、

もう、これっぽっちも信用できないけど・・・。

彼女はまずリスクとリターンを考えたら、明らかにリスクが上回っていると結論づけていますが、どういった理由からでしょうか。
例えばこの様な記事があります。
完ぺきに安全な手段を求める前に確認しておきたい、現存する代替エネルギーの問題点いろいろ - GIGAZINE
全ての発電施設にはメリットデメリットがあり、とりわけ原子力発電の危険性が高い理由は何でしょうか。事実今回の大惨事として扱われている原発事故も未だに死亡者は出ていませんし、堀江氏ではないですが数人数百人が1000年に一度の災害で命を落とす施設が危険なら、毎年約5000人の命を奪っている自動車も危険で廃止しなければならないのでしょうか。原発は危険でありメリットがデメリットを上回るというのも、客観的根拠が元になっているのではなく単なる彼女の思い込みの様です。
その後彼女は日本国民を暗に馬鹿だと示唆していますが、恐らく今回の原発事故は彼女の中でチェルノブイリ級、もしくはそれ以上の未曾有の大惨事に見えているのかも知れません。マスコミは非常に煽りまくっているため何も考えずただそれを信じてしまったとすれば、彼女から見ると今でも原発推進派は救い様の無い白痴に見えているのかも知れませんね。

じゃあ、原発廃止したら、足らない分の電力は

どうするんだって、言うけど、

それの答えは簡単。


今の原子力に頼らない電力の生活に

社会全体のシステムを変えればいいのです。

変えれますよ。

電力を絞れば、変わらざる得なくなる・・・。

初めは不便でも、やがて人間はそれに順応していく。

そんなことで、経済が落ち込んだりしても、

生活水準が下がっても、全然OK!!


原子力の事故で世の中がごちゃごちゃになるより

はるかに、リーズナブルで経済的。(*゚ー゚*)

ここで彼女は原発を廃止した時の電力不足はどうするんだという問いに、原発廃止により電力供給が滞ったとしても、人間の適応能力により自然とそれに適応するので問題無い、と言っています。しかし根拠はきっと変えられるはずという彼女の願望でありスローガンです。
彼女は記事内で人間の欲望は無限だという事を言っていますが、ならばなぜその様な不便な生活を選択すると思うのでしょう。人間が底なしの欲望を持っているなら、貧乏になり生活水準が下がっても全然OKとは思わないんじゃないですかね。3割もの電力が失われると多大な影響を与えると思います、なぜなら現代は全ての産業の裏に電気がありますから、ちょっと不便になる程度では済まないと思うんですがね。それにCO2を減らすために火力から原子力の方へシフトという話でしたが、その辺はどうするんですかね、地球温暖化はこの際目をつぶるのでしょうか。

そもそもこの手の資源を節約しようとか、大量生産大量消費を止めて地球を痛めつけるのは止めようとか、自然を破壊してまで便利になったり豊かになる事は拒絶しよう、といった主張は経済的に豊かになって初めて可能になるのです。
昔は都市部などでも光化学スモッグや車の排気ガスで空は晴れた日も曇り、川の水は工場排水により泡立ち汚れていました。しかし当時の人で環境を守ろうと言う人は皆無でした、理由は皆今ほど豊かではなかったためにその日の生活の事で精一杯で、自然環境の事になど意識を向けられる余裕が無かったためです。戦後日本は高度経済成長により経済大国となり豊かになりました、そうなって初めて自然を守るだけの余裕が生まれ、環境保護論が出始める様になったのです。もし経済成長なんてもう必要無いよね、それよりもっと安全に生きられる方が良いから少しでも危険な事は全て廃止しよう、そんなおかしな政治を行い、日本経済が凋落し多くの国民が貧困に苦しむ様になれば、また昔の様に環境だとか人体への悪影響だとかには関心を払わなくなるでしょう。

私の家の近くに、数年前、大きな病院が出来たんです。

駐車場少なくて、いつも満車だったので、

駐車場の「混雑解消」のために、

更に、駐車場増やしたんですよ。


そしたら、どうなったとおもいますか???


駐車場不足が解消したのは

ほんの数カ月だけで、

駐車場が増えたら、

その分、みんな車で来る人の数が増えた!!



結局、駐車場増やしたのに、

駐車場不足は

今も、全然解消されていない。




電力もこれと似ていると思う。


ただ単に、容量増やせば、良いんじゃない。


人間の欲望ははてしないから。

彼女はここで例えどんなに電力供給を増やしたとしても、人間の欲望は限界が無いためキリがないと主張しています。
例えとして駐車場の話を出していますが、これは完全に彼女の錯覚でしょう。解消されなかったと書いていますが解消されたのです、ただ単に駐車場拡張により増えた駐車可能台数より、潜在的な駐車台数がまだ上回っていたというだけで、増えたスペース分はしっかり解消されているのです。それに人間の欲望には際限が無いといっても、人間に与えられている時間や能力には限界があるため、どう電力の無駄遣いをした所で限度はあるでしょう。欲望が無限だから人間は全てを無限に実行可能だというのは錯覚です。

サンドウィッチマン 伊達さんのブログに、

「テレビのインタビューの中で、東北の被災者のために、節電してますっていう人がいたけど、

まったくの大間違い。福島原発で作られる電力は全て首都圏に送られています。」

という事が書かれていました。

なんで、東京の電源を遠く離れた福島県につくるのか???

東京という大都会の電力を支えるために、犠牲になった福島県・・・。
住み慣れたふるさとを、
先祖代々受け継いだ、家や田畑や牧場を、放射能で汚されて、
福島県のみなさん本当にかわいそうだと思います。

東京の様な大都市圏に電力供給するための原発を設置された福島県は、東京の犠牲になった可哀想と主張しています。これも誤解じゃないでしょうか、なぜなら福島県は自らそれを選択したからです。原発はどこでも嫌われる厄介者ですが、その分国から多大な補助を受ける事が出来ます。福島県原発を受け入れるメリットとデメリットを天秤に掛け、最終的に受け入れを承諾したわけです。国が強制的に設置したわけでも無し、これで福島県が純度100%の国や東京に食い物にされた哀れな被害者というのは気持ちが悪い、消費者金融に多額の借金をした人達を可哀想な被害者として扱ったマスコミの様な気持ち悪さを感じます。福島県には原発受け入れにノーという選択肢があったはずです、そして福島県はイエスと言った、その点は忘れてはならないでしょう。

これだけの状態になって、

それでも、原子力が必要だって言ってる人は、


失礼かもしれないけど、ある意味

もう、麻薬中毒みたいなもんだと思う。


あと、自分の意見だと思い込んでいるだけで、

実は、原子力は世の中に必要なんだという

だれかのPR 刷り込みだということを

気がついてないんじゃない?


よく麻薬中毒だった人が、インタビューとかで、

少量の麻薬なら、自分の仕事の効率上げるためには

必要悪なんだみたいな風に、自分に言い訳していた・・・。

とか言ってたの思い出します。


自分がどんどん蝕まれているのに

まったく気がつかない・・・。


いや、気づいているんだけど、やめられない。

薬やり始めた以上、

やめたら、

禁断症状でて、

もう、後には戻れないwwみたいなww

彼女は今でも原発支持をする人は思考停止の洗脳された人、という様に言っています。これはまさしく私が彼女に抱くイメージそのままです。世の中の様々な煽りニュースにすぐに影響されて、分けも分からず危険だ危険だと騒ぎ立てる。1匹の犬が吠え始めると、分けも分からず他の100匹の犬も吠え始めると言いますが、彼女は100匹の方に入るのでは?と思いますね、なぜなら危険だ危険だと言っているわりには、何の根拠も示せていないのですから。




この記事には根拠らしいものは全然無く、あるのは全体に漂う”強い思い込み”です。
読んでみても私はなぜこの記事が賞賛されているのか理解出来ませんでした。内容は無いし根拠も無くイタズラに不安を煽っているだけだから、その辺の主婦がすぐ信じて流すデマの類でしかない、にも関わらずなぜこんなに人気なのだろうと。

彼女が中学2年生だったというのはあるでしょう、中学生にしたらしっかりしていると。しかしそれだけでこの記事がこんなに注目を集めるとは思えない。そこで考えられるのは、純粋にこの主張に感銘を受け賛同した人が多かっただけではないか、つまり日本のネットユーザーのレベルが中学2年生レベルになったのではないか、という事です。

何でもかんでもすぐ反応する人がいます。アフリカの難民のドキュメンタリーでも見ればすぐに涙を流し、何かが流行っていると聞けばすぐにそれに手を出し、それでいてほどなく全て忘れてしまう。この手の人種はネットの住人は嫌う人が多かったと思います。私は今回の原発事故でも多くのネットユーザーはテレビや新聞のまるでチェルノブイリの様な事故が起きたと煽り立てるマスコミに不快感を感じ、それをあっさり信じてしまう多くの人々を嫌っているのだと思っていましたが、このブログ記事に対する反応はそれを裏切るものでした。

昔パソコンというのは一部の理系人間が使う難しい機械でした。しかし段々と操作は簡単になり価格も安くなったため、今では多くの人がそれこそ小学生や中学生でも使う時代なっています。昔からネットには馬鹿な人はいたし嘘も一杯ありましたが、どこか世の中の大多数とは違う物の見方や反応を示していたと思います。私はそういったネットの空気や雰囲気が好きだったんですが、どうもそれを最近感じなくなったと思っていましたが、今回のこの記事とそのネットの反応を見て分かったのです、リアルの人種の構成とネットの人種の構成が一致してしまうほど、ネットは一般に普及してしまったのだと。

はてなブックマークはネットの世界でもマニアックな人が来る所で、いくら一般化してもウェブ全体と比較してインテリ層が集まっていると考えていたのですが、こうして紹介したブログ記事のはてブコメントを見るとそうは思えなくなりました、「正論」とか「的を射ている」とかロジックも無く、ただ正しいから正しいと言っているものばかり。まるで子供しか書き込んでないんじゃないかと思ったりします、本当にそうかも知れません、コメントには明らかに中高生だなと思う変な書き込みも多かったですからね。
ネットは良くも悪くも普及し、ほとんど一般社会と変わらなくなってきました。感情や情緒だけで動く、現実を見ないで理想だけで突っ走る変な人達ばかりになってしまったのです。今回の件はそれが如実に現れていたなと感じますね。

普及し過ぎると質が悪くなるのでしょうか。利用者の偏差値が高くて有益な情報収集が可能な他のサイトはないのでしょうか、現状日本ではまだ一番ましなのははてなブックマークなんですかね。それとも皆ツイッターに移動して変な人しか残っていないのでしょうか。はてなブックマークは今後凋落の一途を辿る様な気がしますね。

中学2年生の子供にわざわざケチを付けて大人げないと感じる人もいるかも知れません。しかしおかしい物におかしいと言ってもいいんじゃないですかね、いざとなったら子供だから許してなんて言うのなら、初めから何も言わなければよかったのではと思います。それにあまりにも記事に対するコメントが気持ち悪かったというのもあります、本来大人はおかしいと言ってあげるべきなのに褒め称えているものばかりで、じゃあ自分は否定しておこうという気になったのです。

そういえば環境ホルモンってどこにいったんでしょうかね、書いていて思い出しましたが。今回の放射能騒ぎも時が過ぎればみんな忘れてしまうんでしょうか、どうなのでしょうか。