ご利用は計画的に

この間書いた記事にトラックバックが付いていました、この様な雑記にアクセスされるとは有り難い話です。送り主である「entertheotaku」という方のブログを拝見すると、どうも私のブログの主旨を理解されていない様です。経由してアクセスする方が多い様で正しく伝わる様に補足する事にしました。

まず整理しなければならないのは、私のブログの内容と送り主のブログの内容です。

私の内容は
1.抱き合わせ販売的手法による扇動をするべきではない。
2.主張の根拠となる論理が破綻している。
3.それを現実に実行した場合デメリットの方が勝り現実的ではない。
の3点です。

そして送り主さんの内容は、
1.レイプは現実に発生するという事実は変えられなく、それに対する自衛は必ず必要だ。
2.結局はミニスカートの存在の否定と肯定の話である。
3.レイプ犯罪に合わないためにはどうするのか?という方法論の考察をしている。
と、私には読めました。

ここから分かると思いますが、私のブログと彼のブログは全く違う事を書いている物だという事が分かります。私はトラックバックを確認し初めて送り主のブログを読んだ時、
“?”
という印象でした。なぜ私のブログがリンクされているのか最初は分からずかなり悩みましたが、何度か読む事でようやく彼が私のブログの内容をあまり理解しないまま批判材料として使っているという事に気が付きました。

送り主はブログの中で以下の事を言っています。

>「大事なのは現実にはレイプが存在してそれに対処しないといけない。」ってことじゃんね。

私は対処が必要無いなどと全く言っていません。

>「おとなしそう」で「弱そう」で「人に言わなそうな」人が「ミニスカート」を履いている場合はどうなるの?

そもそも送り主が根本的な誤解をされている点を指摘させて頂きますが、私がブログで書いた主張は上記の1、2、3です。つまり現実的なレイプ犯罪に対する対処法を論じた記事ではそもそもなく、書き手の根拠の破綻と社会に及ぼすデメリットにより実現不可能な無理筋な話である、という主張だったのです。ここの所をトラックバックを送って頂いた送り主の方は理解されなかった様です。上の引用文を読む限り、あなたの主張では現実的に対処出来ないではないですか、と言われている様ですが、そもそも対処の方法論など書いていないのです。

>ついでにこの調査は挑発的な恰好をお薦めしているわけではないから、「レイプ被害に合わないための行動」って観点からは役立たずだのう。それとも「大人しそう」で「弱そう」で「人に言わなそうな」人は、「騒々しくて」「強そうで」「人に言いそうな」『ファッション』をしようって結論なの?この結論は「女性の社会生活」を「それなりに」制限していることになるからちょっと駄目かも?

書き手の主張から私は「露出度の高い過激な格好をしている人間の襲われる確率が高くなる。」と読み取り、それが事実誤認である事を指摘していたのです。なぜその様な指摘を行ったのかと言うと、書き手の過激な格好をしてはならないという主張の根拠が実は成立していないと指摘する事で、世の女性の服装に対する制約をその主張では要求出来ないという事を証明出来ると考えたわけです。”「レイプ被害に合わないための行動」って観点からは役立たずだのう”そもそもそんな観点で私は1行も書いていないのです。
”ついでにこの調査は挑発的な恰好をお薦めしているわけではないから”と書かれておりますが、実にその通りだと思われます。私もその様な事は主張していません。当然この部分も私の主張とは異なっています。”この結論は「女性の社会生活」を「それなりに」制限していることになるからちょっと駄目かも?”私自身が服装を制限する事は出来ないのではないか?と主張しているのです。
どうもこの送り主は私がミニスカートの存在云々を書いたと解されていた様ですが、そんな事は書いておりませんしどうでもいいのです。

>もうミニスカート論争やめようぜ!

個人的には全く賛成であり、このトピック自体が無駄に思われます。先ほども書きましたがそんな事はどうでもいいのです。そもそもロングスカート好きのレイプ犯がいたらどうするのか?人間の好みなど千差万別なのです。

トラックバック先のブログでは、沢山の他のブログをリンクしている様です。恐らく自分の意にそぐわない記事を続けざまに読み、頭が沸騰した状態で書かれたのでしょう。そのためここのブログの内容を詳しく読まずに引用するという荒っぽさが見えてきます。他人の主張に反論もしくは意見する場合は、まず相手の主張をしっかり理解した上で行わなければなりません。これは雑誌や新聞やブログだろうと当然ではないでしょうか。

私が伝えたかった事は上記の3点ですが、強調するのは1です。
タイトルを見れば分かるのですが、私は何かを批判する時実際に批判したい理由Aでは批判し辛いため、批判し易い別の理由Bを批判し結果Aも同時に批判しよう、という抱き合わせの様な行為がどうなのだろうかね?と書いていたのですね。

例を挙げればTVゲームを目の敵にするおじさんおばさん達がいますね、彼らは時としてTVゲームは目が悪くなるとか現実と空想の区別が付かなくなると主張して、世の中からゲームを抹殺しようと試みられております。しかし目が悪くなるのも虚構を楽しむ事で現実と...というのも本等でも同じ事です。それでいて彼らは本等は批判しないむしろ推奨したりするのです。この矛盾がなぜ起こるのかは明白でそんな事が理由ではないからです。おじさんおばさん達の本音は

「TVゲームなんて何だかよく分からず得たいが知れない。自分達には魅力なんて感じないし、子供達がやっているのを見ると腹が立ってくる、だから排除しよう。」

これが本音なのです。

しかし真正面から”何か俺が見ていていい気がしないから止めろ”、というチンピラの様な言いがかりでは些か無理がある様に思われますし、それは当人達も理解しているのでしょう。そのため別のもっと説得力の帯びる理由を探し、それに本音をソっと潜ませて本来の目的を実現させ様とする。
その様なやり口は問題の本質を隠蔽してしまうのです。もしそれが政治や報道等で行われれば国民が不利益を被る事になるでしょう。そんな不安を私は元記事に感じたので「抱き合わせ販売の様なやり口は褒められたものではない」と書いたのです。ミニスカートがどうこうなどと言う話ではないのです。