捨て猫を拾う不良

普通の人と同じ事をやっているに過ぎないのに、たまに印象の良くない人がそれをやると、なぜか必要以上に良く見えてくるから不思議だ。
理由は人間が自分にとって、そうであって欲しいと願う方へ結論を誘導してしまう所為だろう。人は人間が悪であるよりも、善であってほしいと願うものなのかも知れません。

先日この様な記事を読みました。

最近、笑いの規準がわかりません。
http://www.asks.jp/users/hiro/59642.html

西村氏はこの様な笑いのあり方について疑問を述べている様ですね。

彼は実に良く分かっていると思いますね。
彼はあんまり評判のいい人間ではありません。ネットの世界では神様扱いされ尊敬されていますが、そういう態度の人々でも心の隅では、一般的な倫理観からは許容し辛い彼の行動に、多少なりとも疑問を感じてはいると思うんです。

彼が日本のネット業界に2ちゃんんるを代表とした、様々なコンテンツを届けてくれた事に強い感謝と憧れを抱きつつも、少しだけあるわだかまり。ちょっとひろゆきにもやり過ぎな部分はあるよなぁ、といった多少のネガティブな感覚。これを本人達よりも理解しているのは、何より西村氏自身だなと感じるんですよね。

上手い事理屈を操ってスルスルとかわして進んできたものの、そういうやり方に少なからず不快感を覚える人もいるし、積もり積もればそれが爆発しかねない。定期的にガス抜きをやらなければいけないだろうな。彼はそんな風に考えているのだと思います。

時折今回の様に言われて見ればそうかも、確かにそうとも言えるな、というネタを使って真正面から道徳を語ります。そうすると、

「あれ、ひろゆきはもっと狡猾でそういう感覚の無いタイプだと思ってたけど違うんだな。こういう事考えてるんだ、意外だな、何か良い奴じゃん」

となるわけです。
屁理屈を並べてスルスル逃げてしまうという印象があるからこそ、こういう発言をたまに言うとやたら良い人そうに見えてしまう。
私は西村氏が定期的にこの様な大上段に構えた道徳を唱えるのは、そういった狙いがあっての事だと思っているんですがね、どうなんでしょう。自分が良い人であって欲しいと願っている自分の信者達は、こういった事を時たま書いておけば後は勝手に向こうが脳内補完で都合良く解釈してくれるだろう、と。

半年位前でしたけど、こんな事がありました。

ニコニコ大会議で行われた「リアルタイム中傷」 - ITmedia ニュース

西村氏は他人のアキレス腱を突付いて面白がる事を悪趣味だと嫌悪している様ですが、実際半年前に同じ様な事が起こってるわけです、ニコニコ動画関連で。
それでこのニコニコ大会議に関する記事で

2008-07-04 - SPOTWRITE

当の西村氏も笑っていたという事です。
ニコニコ大会議で起きたリアルタイム中傷は笑えて、例のテレビ番組の内容は笑えず悪趣味だというのは、言い分としてどうなのかなぁと思うんですよね。まあフォローはされていた見たいですよ、中傷されていた人に対しては。

さらにニコニコ動画の夏野氏と西村氏が、ニコニコ大会議の後にインタビューに答えた記事です。

ひろゆき氏と夏野氏に聞く、ニコ生の可能性と「リアルタイム中傷」 - ITmedia ニュース

ここで西村氏は、

『本人は「大丈夫」と言っているのに「あれはひどい」と言い出し、「彼はどこでブログをやってる」とか「あの人はあそこであれやってる人だ」と追跡されたりして。たまたま(「ハゲ」と書かれた)彼はネット上に痕跡がなかったのが良かったのですが。』

と言っているんですが、つまり本人が良しと言っているのに、関係の無い外野がギャーギャー騒ぐのは如何なものか?と言っていると私には思えるんですがね。
だとすれば、本人が了承して出演している例のテレビ番組のホームレス(本物かどうかは置いといて)の人に関しても同じで、西村氏がどうこう言う必要は無いんじゃないですかね、西村氏の言葉を借りれば。

面白い事に西村氏のブログには、「別にいいじゃないか」的なコメントが多く付いていました。西村氏もこういうのはOKだったのかと、狙いが外れて意外だったかも知れません。ひょっとしたらニコニコ大会議での騒ぎがあったので、こういう論調は受けるんだろうと読んだのかも知れませんね。私もちょっと意外でした。

とまあこんな具合で、単なるガス抜きなのかな、というのが私の感想ですかね。
今後も定期的に凄く良い事を書かれるのだと思います。ですが多少気を付けて読む必要はあるのかも知れませんね。